PROFILE

profile

この度は、当サイトへお越し下さりありがとうございます!

運営者NYURINAのプロフィールを書かせて頂きました!

 

めっちゃ長文になっちゃった!
よろしくお願い申し上げます!

 

私のプロフィール

profile_nyurina

はじめまして!NYURINAと申します!

 

私のお仕事

「ゆるかわいい」好きのインド在住デザイナーです。

 

「紙」から「WEB」までデザインに携わって仕事をしています。

  • グラフィックデザイナー
  • WEBデザイナー
  • イラストレーター

として仕事をしています!

 

手描きイラストにこだわった無料素材配布サイトはこちら

https://free-image.ufufu.tokyo/

 

インド、タイなどの旅ブログはこちら

https://trip.ufufu.tokyo/

 

 

たまーに、衣装やアクセサリー制作もしています!

 

作り手のぬくもりが伝わるデザイン制作を

WEBでも、紙ものでも関係なく、
「発信サイドのぬくもり」が滲み出るようなものを作ることを心がけています。

 

せっかく
人が作るのだから、
「作り手の情熱やぬくもり」が伝わるデザイン

 

私が心がけていることです!
ますます広告制作費はスピード重視になると思いますが頑張る。

 

 

私の暮らし

インドの田舎で2人暮らし

時々インド以外に旅行をしたり、一時帰国もしますが、
基本的にインドの田舎で生活をしています。

mylife

超のどか!

 

可愛い可愛い子供たち!

可愛い可愛い近所の子供たち!

 

 

私の好きなこと3本柱

  1. 海外旅行
  2. 創作活動
  3. 旦那さん

もちろん順位じゃないですよ!(笑)

 

海外旅行

日本も好きだけど、海外が大好き!!

19歳の時から始めた海外旅行に今も夢中です!

 

私が海外一人旅を始めた理由

どうせ死ぬなら、この絶景を生で見てから死にたい。

自分のことが嫌いだった青春時代

中学、高校、大学と、私は病んでいて自分のことが大嫌いでした。

 

「生きている意味がわからない。」

 

10代の私はいつも、そんな風に思っていました。

 

様々な理由があるのですが、とにかく自分が嫌で嫌でたまりませんでした。

 

今は良き思い出です!

 

 

明日死んじゃうなら、この景色をこの目で見たい。

 

10代の私は、基本的には自室にこもり黙々と何かを作る学生時代を過ごしました。

 

作る時以外は、とにかく本が好きで、大量に読みました。

 

その中に「死ぬまでに見たい絶景」という本がありました。

この本に載っている世界・国に行ってみたい。
死ぬのはそれからでも遅くないかも。

 

 

私が海外一人旅を始めたきっかけは「現実逃避」

 

私は、まず大学の夏休みに
一ヶ月間、ロンドンに一人で行きました。

 

当時私の英語力は皆無でした。

飛行機が「Airplane」ということすら分からなかったのです。

チケットセンターに電話する私を、母は本当に心配そうに見ていました。

 

でも私の決意は変わらず、ロンドン旅行を決行しました。

 

当時、成田空港で私が見えなくなるまで見ていた心配しきった母の顔、

あんなに毎日が嫌だったのに「無事に帰らなきゃ。」と思ったことを

今でもよく覚えています。

 

誰も自分を知らないところにいるということ

 

誰も私を知らない。
私も誰も知らない。

 

それはとても心地よく私に染み込みました。

 

私はまるで違う自分になったように、

朝から暗くなるまで、毎日毎日ロンドンの街を歩き回りました。

英語の分からない私にとって全ての音がBGMのようでした。

 

どこまでも、いつまでも歩けそう!

自由に羽ばたくような「この感覚」は今も忘れません。

 

あの頃はスマホもなかったので、ロンドンに到着した時に、空港から母に電話をしました。

電話したのは確かこの一度だけ。

母はどれほど心配したのでしょうか。

 

それから約1ヶ月、
母の心配とは裏腹に私はどんどん元気になりました。

 

それから壁にぶつかった時は、
自分のことを誰も知らないところに行くようになりました。

一人旅は私にとって、無くてはならないものになりました。

 

初一人旅|ロンドン旅から帰国して

この時いつも喧嘩ばかりしていた父が成田空港に迎えに来てくれていました。
父も何も言わなかったけれど心配していたのだと思いました。

 

初ロンドン旅行を一冊のコラージュアルバムに

そして、このコラージュアルバムで世界が変わり始めたのです。

 

ファッション系の芸術大学生だった私は、
このアルバムを夏休みの課題として提出しました。

 

大学の教授をしていた現役スタイリストの先生が興味を持ってくれました。

先生は忙しいのに私の話を聞き、そのほかの作品も見てくれました。

 

先生は広告会社に私を連れて行き、アルバイトをするように手配をしてくれたのです。

 

その時の私は人と目を合わせるのが苦手で、

面接を担当してくれた方の顔をうまく見れませんでした。

それでも先生に免じて私を受け入れてくれたのだと思います。

 

今でも感謝しかありません。

 

とにかくたくさん吸収して、
たくさん作りなさい。
楽しみにしてるね。

 

先生がくれた言葉です。

 

 

あの時どうして、あんなに弱虫だった自分が逃げ出さなかったのか
考えれば考えるほど疑問なのですが、

ファッション系大学に通いながら「イッセイミヤケ」も知らなかった私は、
世の中の「おしゃれな世界」に完璧に疎く、事の大きさに気付いていなかったのだと思います。

 

今思うと先生自身も超大物で、家に入り浸るにはぞっとするほどの有名スタイリストなのですが、
私はただただ明るくて、前向きで、少女みたいに可憐で、でもどぎついほど、クリエイティブな先生が大好きなだけで

先生の偉大さに気付いていなかったのです。

私が「スタイリスト」という仕事につきたい!と思っていなかったことも関係しているかもしれませんが・・・

 

 

ここから私のクリエイティブを仕事にするための修行が始まりました。

 

デザイン・芸術を仕事にするということ

答えはないから誰も教えてくれないけど、正解はある。

これは私がいつも思うことです。

売り上げも、アクセス数も残酷なほど顕著ですよね。笑

 

好きな事でお金をもらえるということ

先生は私をクリエイティブの世界に導いてくれました。

 

それだけでなく、たくさんの一流の人と一流の現場、仕事を見せてもらいました。

 

私も先生が大好きだったので「先生に恥を欠かせてはならない!」と頑張りました。

 

必死に勉強して、必死について行く

アルバイト生活は、大学生の私にもたくさんの制作機会を与えてくれました。

学校ではphotoshopもillustratorの授業もなかったので毎日必死で勉強しました。

 

その頃に「デザイン」「ものづくり」への自信も技術もたくさんもらいました。

 

デザイナーになりたい!

 

アルバイト先の会社も大好きでしたが

もっとデザインに特化して仕事がしたい。

 

私はデザイン会社に就職しました。

 

デザインの魅力

デザインを加えることで媒体は輝き出して広がっていく

企画の段階ですでに魅力的でも、デザインを施す事で100倍にも1000倍にもなります。

それは売り上げにも直結します。

デザイナーって職人だよなーっていつも思います。

 

とにかく猛烈に、制作に追われる毎日

私は「デザイン」がもたらす商業的な技術にのめり込んでいきました。

 

  • 休みの日は、自分の好きなものを作るアーティスト
  • 仕事の日は、とにかく「売る!」を考える商業デザイナー

 

20代は一瞬で過ぎ去っていきました。

 

たくさん働いて心の底から楽しんだ20代

20代、東京のど真ん中で一生懸命働きながら、

仕事の長期休みに、有休代休をくっつけて海外一人旅に行くのを楽しんでいました。

デザイナー職は2ヶ月間休みなしだけど、バーっと3週間休める!ということもあったので、

社会人とは思えないくらい長期で海外に出かけていました。

 

快くOKしてくれていた先輩たちに感謝だね!

 

20代会社勤めをしていなかったら出会えなかった愛する先輩たち。

今も会うとあの頃と変わらず

怒ってくれたり、慰めてくれたり。

 

正しい方向に導いてくれる「憧れの人」に出会えた。

 

20代に会社員生活をして良かった!と心から思えることです。

 

 

自分の好きなデザインの方向性

会社員デザイナーをしていると「自分の趣味じゃない」と思うものもデザインします。

 

それはそれは、とても勉強になりました!
  • 車やバイクの広告媒体
  • 髭剃り・育毛剤の広告媒体
  • 相撲関連の広告媒体

これらはきっと「会社員デザイナー」でなかったら私が制作することはなかったと思います!

得意ではないジャンルと向き合う事で、スキルも格段に伸びていきました!

 

そしてフリーになる前に自分の好き!が浮き彫りになりました。

 

 

 

30歳での退社

30歳になったら、海外で暮らす!と、27歳くらいに決意!

 

詳しい理由は後述しますが、フリーランスになりたい!というよりも

悲しい出来事が重なり、
「海外で暮らしたい!」と思い、退職を決意しました。

それから、30歳になるのが楽しみになりました。(笑)

 

退職までのスケジュール

  • 10月:匂わす
  • 11月:上司に退職願い
  • 12月:30歳の誕生日
  • 1月:有休消化
  • 2月1日:退職
  • 2月6日:マルタへ出発。

 

怒涛のスケジュールで退職し、2月6日にマルタへ語学留学へ行きました!

英語を身につける事は海外をもっと近く楽しくしてくれました!

 

また必ず行きたい!マルタ!

 

それからは、フリーのデザイナーとして仕事をしながら、いろいろな国に行きました。

今はインドの田舎で暮らしています。

 

私はゆるかわいい!が大好き。

  • 子供
  • くまちゃん
  • ピンク色
  • 可愛い女の子

など、可愛いものが大好きです!

手描き要素を交えたほっこりデザインが好き

おかげさまで、デザインの仕事も「かわいい」に纏わる?ものが増えてきて嬉しいです。

 

念願のイラスト素材配布サイトをオープンしました!

これからどんどん素材を増やさなきゃ

自分が「欲しい!」「使いたい!」と思う素材・イラストの無料配布サイトを始めました!

 

登録不要無料で使えるデザインを随時アップしていますので、是非お使いください!

free-image.ufufu.tokyo

是非ご利用ください!

 

 

インドの田舎暮らし

インドの田舎に暮らすということ

まさか自分にこんな未来が待っているなんて思いもしませんでした。

でも、私は今の生活が気に入っています。

 

旦那さんがいて、二人で笑って食べて、制作して寝る。

 

脳みその回路もだんだん変わってきました。

 

これからもっと変わるのだと思います。

そういう自分を楽しみたいと思っています。

 

インド

インドは田舎でも「英語」と「ネット」が通じます。

実はそこまで不便な国ではありません。

子供たちの笑顔が可愛くて、足を運べば運んだ分だけ愛着の沸く、不思議な国だと思っています。

友達のティッティーリとカトゥーン

 

 

インドの子供達の魅力は説明できない!

私には彼らの可愛さを表現する語学力を持ち合わせていません。

旦那さんは音楽スクールをしながら、年に一回フェスティバルを開き
子供達の支援に繋がる活動をしています。

旦那さんがしている活動で配った日本語下敷き

 

今は旦那さんがしていることに便乗しているだけですが、

「私自身が何かしたい。」と思うようになりました。

 

少しずつですが、種まきを始めています。

 

これからの夢・目標

  1. オリヤ語(現地語)を話せるようになること
  2. オリヤ語を使って事業を立ち上げて現地に還元する
  3. 近所の子供やおばさんと何かしたい
  4. WEBワークで月平均20万の収入
  5. パッと違う国にいけるくらいの貯金
  6. 魅力的な歌手になる
  7. 旦那さんにヨーロッパの魅力を伝える旅に行く
歌手?!
それは、おいおいね。

 

 

好きな時間

  1. インドの子供達と過ごす時間
  2. 犬と遊ぶこと
  3. アイスクリームを食べる

 

子供達と過ごす時間は一瞬で、どこまでも可愛くて大好きです。

子供達といる時以外は、引きこもってパソコンの前で作業しているのでインドにいるわりには日焼けしていません。

 

旦那さんの話

旦那さんには感謝してもしきれない!

私の面倒臭い性格を良く分かってたくさん笑わせてくれます。

  • ポジティブ
  • 見た目はクマみたい
  • インド人で音楽スクールをやっている
  • 現地の子供が喜ぶフェスを毎年開催している
  • ヨガ講師
  • インド在住歴ほぼ7年

 

旦那さんとはなんだかんだで付き合いが長く、
お互い違う国にいて別々のことも多かったのですが、

今は晴れて?インドで一緒に暮らしています。

晴れてね!

インドに来るのが初めは正直嫌でしたが(笑)

えっ!?

今は無理やりでも私をインドに連れてきてくれたことを感謝しています!

よかったぁ〜

 

そんな旦那さんと2人、インドの田舎生活を楽しんでいます。

danna

 

メモ

私たち夫婦2人の日常をエッセイ漫画にしてinstagramを更新中です!

 

 

 

twitterもやってます。

 

CONTACT|お問合せ

お問合せは以下よりお願いします。

内容は確認させていただきますが、返信が不要だと判断させていただいた場合は、こちらからご連絡させていただくことはございません。

あらかじめご了承ください。

 

 

私のこぼれ話|完全な余談

長くて割愛した話。

30歳になったら会社を辞める!決意をした理由

  1. 放送業界にいるデザイナーとして睡魔が辛くなってきたから
  2. インドで暮らす今の旦那さんが帰国する度に輝きを増していたから
  3. ノマドライフという本がやたらと目につき憧れている自分に気付いたから

ざっくりとこの3つと言えると思います。

 

1.放送業界にいるデザイナーとして睡魔が辛くなってきたから

私は大学生の時から制作の現場で仕事をさせてきました。
その時は「今夜は眠れないぜ!」否、

「今夜も眠れないぜ!」

と不眠不休で面白いものを生み出していく先輩たちをカッコイイと憧れ、必死についていこうと眠い目をこすって頑張っていました。

それはとても楽しく2徹(ニテツ)くらいなら、まぁ大丈夫・・・

そんな制作の鏡!と言える20代前半を過ごしました。

でも、生理は止まるし、うっすらヒゲは生えてくるし、こんな日々でいいのかなーとは常に思っていたと思いますが、基本的には楽しんでいたと思います。

 

苦しいことや意地悪をされたり辛いこともあったけど、もっと早く自由な暮らしをしていれば良かった!とは全く思いません。

環境に恵まれて楽しく働かせてもらっていたと思っています。

そして何より体力を使ってお金を稼ぐことの大変さを知れたこと、
大好きな先輩達に出会えたことが大きかったと思います。

 

2.インドで暮らす今の旦那さんが帰国する度に輝きを増していたから

今は結婚しましたが、当時はお付き合いをしている関係だった彼。

帰国する度にキラキラとまっすぐに輝きを増し続けていました。

それはまるで子供のように無邪気で、でもしっかり自分の根底にある何かを探り当てた確信に満ちた顔をしていました。

もちろん大好きな彼と一緒にいたい!と思ったこともありますが、絶対に行きたくない!と思っていたのに、気付くと、インドってどんなとこなんだ。とだんだん意識が変わり、自分の目で見てみたくなっていました。

 

3.ノマドライフという本がやたらと目につき憧れている自分に気付いたから

バリバリと働いていた頃(自称)、

神保町の本屋さんで目につくタイトルは

「ノマドで手に入れる自由ライフ」とか「もう会社に縛られずに生きていく」とかそういう本ばかり。

 

「あー、私、生活を変えたいんだな。」とじんわり思い始めました。

 

そして、29歳の夏、会社の昼休みに

「30歳になったら会社をやめようって思ってたこと現実にしよっと。」

「私、20代めっちゃ頑張ったわ〜!」(今思うとそうでもない笑)と、退職を決意しました。

 

余談ですが、退職を決めてからの会社って楽しいですよね。

 

以上続きの余談話でした!
これからよろしくお願い申し上げます!

 

 

NYURINA

更新日:

Copyright© うふふ.TOKYO , 2019 All Rights Reserved.